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音楽芸能での挫折~天国と地獄~

 

みなさんは挫折の経験はありますか❓

 

 

人生を生きていると、それぞれに挫折を感じたことがある人が少なくはないと思います。

 

 

実は今の私を知る方なら、驚かれるかもしれませんが、過去のYucoNにも大きな大きな挫折経験があります。💦

 

 

人にはなかなか話す気になれないほどの挫折・・・

 

 

悲しく辛い体験です。

 

 

でも、挫折し、どん底に落とされた経験も、未来には大切な糧として活かしていくことができると今は感じています🌈

 

 

今回は、YucoNの挫折した経験と、そこから【得たこと】をお話しさせて頂きますね♡

 

 

私の運命・・・

 

 

憧れて音楽芸能の世界へ入りましたが、その先には住み込みによる下働き、慢性的な睡眠不足、給料なし、壮絶ないじめなど、試練が待っているのでした・・・。

🌺音楽芸能との出逢い

 

 

2008年に某有名楽団の、和と洋のステージショーを見て全身に衝撃が走るほどの感動を受けました。

 

 

『この世界で一生を生きてみたい‼️』という強い気持ちにかられ、翌日には団へ連絡を取り、超スピード入団をすることになりました。

 

 

🌺弟子入りからレギュラーへ

 

それまで、高校時代の吹奏楽で身につけたクラリネット経験と、音楽が大好きな熱意が認められ、ひとまずは、弟子入りという形で練習へ通い始めました。

 

 

その団では必須となる津軽三味線や和太鼓技術をみるみるうちに高速で習得したことが認められ、入団してから数ヶ月ですぐにレギュラーに抜擢されることになりました。

 

 

ここから通いのレッスンから、住み込みをしながらの生活へと変化します。

 

 

当初、弟子は男女20人ほどいて、レギュラーは師匠を含め、たった4人。

 

 

その音楽のプロフェッショナルな4人に憧れていたこともあり、レギュラーに選ばれたことが本当に嬉しかった。

 

 

振り返れば、大学卒業し、一旦は就職するも、すぐにその入団が決まったので、社会というものを知らないまま音楽芸能の世界へ飛び込んだ私。

 

 

レギュラーの中で一番、年齢が若かったこともあり、団の厳しい決まりに対して素直にどんなことも受け入れました。

 

 

 

例えば、毎朝、誰よりも早く起きて稽古場を裸足で雑巾がけから始まり、お茶汲み、家事、雑用・・・。

 

 

食事も師匠から始まり、次に先輩たちが食べ始めたのを確認してからようやく私が頂き、誰よりも早く完食し、みんなの後片づけ。

 

 

また、師匠のお母さんとなる大師匠(94才くらいだったかな)のお風呂や、おトイレのお世話。

 

 

夜は先輩たちの肩もみをし、寝不足のまま夜が明けていく毎日。

 

 

もちろん私に部屋がもらえるはずもなく、ベッドはなし。

 

 

事務所のソファーで寝ていました。

 

 

辛かったことはお風呂が3日に一回だったこと。

 

 

自分のことなんかいつも後回しでした。

 

 

典型的な下働きの状態です(笑)

 

 

驚かれるのはお給料がなしだったということ。

 

 

住み込みで伝統ある音楽技術を修得させてもらっていることを、お給料のように捉えるようにと言われていました。(←これすらどうかしてましたね!)

 

 

おまけに私の両親が団に練習代として月10万を支払っていたそうです。

 

 

これはあとから母から聞き、知った話です。

 

 

私を通さずに勝手にレギュラー先輩が両親に支払うように話をしていたのです。💦

 

 

両親はどんな想いで毎月、私のために支払ってくれていたんだろう・・・

 

 

そんな余裕なんてないはずなのに・・・本当にありがとう。

      

 

さらに団の掟として、絶対恋愛禁止です。

 

 

なんだかどこかのアイドルのようですよね(笑)💦

 

 

ステージ会場のスタッフ男性と話すことも禁じられていました。

 

 

よく師匠から言われていたのは【自分を捨てろ】という言葉でした。

 

 

生まれもった名前の私ではなく、芸名の私として生きること。

 

 

プロとしての人格を築いてほしかったのだと思います。

 

 

自分に甘さをだすな、そのために家族とも縁を切れ!とも言われていました。

 

 

携帯はメール内容を随時、チェックされる毎日。

 

 

そんな厳しい生活が続きましたが、全ての決まりに対して当時の私は全く苦はなく、それ以上に、そこでしか生み出すことができない素晴らしいステージショーと音楽が大好きな気持ちが膨らんでいました。

 

 

  

【もっと貢献したい!役立ちたい】【活躍したい!】という気持ちの方が勝っていたのです。

 

 

レギュラーになり、すぐに1ヶ月公演(年に2回春と秋頃)が始まった頃です。

 

 

一日2公演のステージショーを1ヶ月休みなしでやりとげるというハードスケジュールの中でも、イキイキと笑顔でステージに立つ私がいました。

 

 

 

 

次第にファンになってくれる方が一人、一人と増えていき、ステージでは『○○ちゃん(私の芸名)!がんばれー!!』という私への応援、声援が飛び交うようになっていきました。

 

 

こんな私にも【ファン】ができたんだ♡

 

 

嬉しい‥‥!!!

 

 

人生で初めて味わうそのファンからの声援に、喜びと感謝が込み上げ、さらに私の音楽への熱意は加速していきました。

 

 

 

🌺先輩からのいじめ

 

 

その頃から、レギュラー先輩たちからの強烈ないじめが始まります。

 

 

それまで憧れ輝いて見えていた世界が一変して、音楽芸能という世界の厳しさを知ることになります。

 

 

今まで優しく接してくれていたレギュラー先輩からの【死ね!】の暴言、ステージ上でもお客様に見えないところでどつかれたり、私の楽器を乱暴に投げられたりすることもありました💦

 

 

ありもしないミスや男女関係の噂を立てられた時はご飯抜きってこともありましたね💦💦

 

 

間違いなくレギュラー先輩たちの妬みだったのだと思います。

 

 

一つの光があれば必ず闇ができる。

 

 

今思えば、団で一番、若くイキイキとステージに立つ私の光は知らず知らずのうちに、いつの間にかレギュラー先輩たちを傷つけてしまっていたのだと思います。

 

 

本当に難しい世界です。

 

 

それでも、どんなに悔しくても泣いても孤独でも、歯を食いしばりながら、ステージの幕が上がると、笑顔で音楽演奏を勤めていました。

 

 

 

見に来てくれるお客様は私の元気な姿を見にきて下さっているからです。

 

 

ステージでは多くのファンの方々、私の家族、大切な友達や知り合いがいつも応援しに来てくれていました。

 

 

その人たち一人一人のおかげでボロボロに崩れかけていた私の心が支えられていました。

 

 

本当に感謝してもしきれません。

 

 

その中でも、家族の応援は私にとって特別だったと思います。

 

 

ステージに立ってると、控えめな性格の父が席にも座らずにいつも一番、後ろの方で立って見守ってくれているのが見えました。

 

 

父なりの応援の仕方・・・

 

 

ステージからはあまりに遠くて、かすかに見えるその父の姿をみる度に、【よしっ、頑張らなくっちゃ!】と胸が熱くなったこともありました。

 

 

3つ下の妹はステージが終わって逢えた時、私の顔を見ると号泣して泣きじゃくっていたこともありました。

 

 

きっと、私が突然、音楽芸能の世界に入り、それまでいつも一緒にいたのに、なかなか会えなくなって寂しかったのだと思います。

 

 

どんな時も私への想いが伝わってきて本当に嬉しかった。

 

 

ここまでして、いる今の世界なんだから、しっかりしなきゃ!と姉心が芽生え、私を奮い立たせたこともありました。

 

 

 

そして、誰よりも一番、熱く応援してくれていたのは母だったと思います。

 

 

毎回、ステージがあると必ず差し入れをもって見にきてくれました。

 

 

大きな大きな垂れ幕を手作りし、応援してくれた母。

 

 

私の服を届けに住み込み場に持って来てくれた時も、『痩せたねぇ‥‥』そう言って渡してくれた袋の中には母の想いが込められていたのです。

 

 

あとで袋の中を見てみると、その服と服との間には、お金の入った封筒とお菓子がコッソリ隠すようにして入れてくれていたのでした。

 

 

それもすぐにレギュラー先輩たちに見つかり、取られてしまいましたが…💦(ごめんよお母さん)

 

 

 



🌺母への電話

 

 

ある時、どうしてもどうしても辛くて一度だけトイレでこっそり母に電話をかけたことがありました。

 

 

『お母さん、もうダメかもしれない。』

  

 

私は他の誰にも聴こえないように小さい声で泣きながら、話しました。

 

 

母は『辞めるのはいつでもできる。もう本当にダメなん?』

 

 

母の【辞めるのはいつでもできる】この言葉に私はなんだか心がスッとしたのを覚えています。

 

 

【そうやん、辞めるのはいつでも辞めれるんや。】なんだか切り札をもったかのような気持ちになれました。

 

 

この時、応援してくれているファンの人たちの声援や顔が浮かびました。

 

 

そして、レギュラーになり家を出るときに私が両親に言った言葉があります。

 

 

それは【命かけて一生、頑張るから!】そう言った言葉を思い出しました。

 

 

私は母に『もう少しだけ頑張ってみる。』そう伝え、思い直したのでした。

 

 

それからも状況はよくはならず、悪化する一方。

 

 

でも私は強くなっていました。

 

 

🌺強くなった私

 

 

確かなことは【音楽でレギュラー先輩全員を越えてみせる】という決意でした。

 

 

ここからさらに私の人生をかけての【本気】の火が灯ります。

 

 

先輩たちからの暴言を避けるため、できるだけウォークマンで耳をふさぎ、家事や雑用、お茶汲み、全ての雑用や、やることを淡々とこなし、孤独と悔しさを音楽練習にぶつけました。

 

 

必須楽器の演奏の他に、私にしかできないこと、担当がありました。

 

 

それはアルト・サックスでした。

 

 

高校時代のクラリネットの経験を活かして独学でサックスを始め、ステージで披露していました。

 

 

サックスはインパクトがあり、迫力もあってカッコイイ!と思われる楽器です。

 

 

団にとっては必要な楽器として考えられていました。

 

 

【経験が無いからできない】はありえない状況。

 

 

なんとしても吹かなければ‥‥。

 

 

容赦なく、レギュラー先輩から『明日のステージでこれ吹いてもらうから!』と、ポンと突然言われ、まるでステージに放り投げられるような感覚‥‥

 

 

そんな時は、徹夜で何度も何度も練習して、一か八かでの本番!といったことも日常茶飯事でした。

 

 

心の奥で神様に何度、助けを求め、祈ったことか‥‥

 

 

そんな状況もなんだかんだで、いつもなんとかなっていたのが不思議でした。

 

 

人は追い詰められるとこんなにも力を発揮するのか‥‥

 

 

神様、ありがとう。

 

 

 

 

そんな日々を重ねていくうちに、最初は技術が乏しく、レギュラーからいつもバカにされ厳しく叱られていましたが、いつの間にか、ステージショーではメインの場をもらうようになっていきました。

 

 

大きなステージで、冒頭からの旋律を任されたりするようになり、次第にご依頼主、主催者様からも『あのサックスの子、次の時も宜しく』と団に連絡が入るようになってきたのです。

 

こうなると、レギュラー人も少しずつ私の存在を認めるようになっていきました。

 


バチバチとしたものは相変わらずありましたが、存在をバカにするような言動はなくなっていきました。

 

 

私の心は少しだけ楽になっていました。

 

 

このままやっていけるなぁ・・・

 

 

そんな風に思い始めた頃、転機がやってきます。

 

 

それは師匠のお母さん、大師匠のある言葉でした。

 

 



🌺最大の転機ー退団

 

 

94才ほどにもなる大師匠はいつもレギュラーと共にいました。

 

 

練習場には必ず椅子に座って黙ってじっーと見ている方でした。

 

 

たまに津軽三味線を渡すと、ゆっくりと弾いて下さる、そんな方。

 

 

私が身の回りことをお世話させて頂く時も常に口数は少なく、周りからは少しボケてきているのでは?とそんな風に思われていました。

 

 

ある時、いつものようにその大師匠のお世話をしている時のことです。

 

 

部屋にはその大師匠と私二人っきり。

 

 

お世話が終わって、ほっと一息した時でした。

 

 

普段、ほとんどしゃべらない大師匠がいきなりこんなことを言い出しました。

 

 

『芸は身を助ける不幸せ・・・』と。

 

 

私は【ん?】と、その時はいきなりすぎて意味が分からず、でも、なんだか大切なことを言われたことだけは感じたのです。

 

 

その言葉のあとはまた一点を見つめたまま黙ってしまった大師匠。

 

 

さっきの言葉は、なんだったんだろう・・・。

 

 

私は、その言葉を頭に記憶し、あとからその意味を知ることになります。

 

 

 

 

後日、あの言葉をもう一度、考えてみました。

 

 

【芸は身を助ける】はわかる!

 

 

問題はそのあとです。

 

 

【不幸せ】とくる。

 

 

【なぜ??】

 

 

身を助けられたら幸せなんじゃないの?

 

 

時間をかけて考えていた時、私はレギュラー先輩たちを見渡しました。

 

 

なにやら、ステージ終わりの衣装を点検している真っ最中・・・

 

 

じっーとあの言葉と先輩の後ろ姿を見ていると、 

 

 

【は!!!!】

 

 

やっとわかったのです。その言葉の意味が・・・

 

 

 

 

 

 

私よりも長く勤めてきた先輩・・・

 

 

いじわるで、大嫌いだけど、間違いなくステージでは素晴らしい舞いを見せ、音楽のプロであり、必要な存在。

 

 

周りからも認められている先輩・・・

 

 

でもその先輩の背中はどこか【寂しそう】なのです。

 

 

先輩は【幸せ】なんだろうか?

 

 

初めて一人の人として考えてみる。

 

 

きっと【幸せじゃないんだろうなぁ…】

 

 

そう感じました。

 

 

家族と縁を切り、おまけに恋愛も禁止で自由なんてない世界でずっと生きてきた先輩の背中から真実が見えてきたのです。

 

 

【私はこんな寂しい背中になりたくない。】

 

 

 

 

 

大きな衝撃でした。

 

 

これから先、もし、私もこのままここで音楽を続けていったら、きっと、先輩と同じように孤独や寂しさから嫉妬深くなり、いじわるをしてしまうだろう・・・

 

 

リアルに未来の自分を想像できたのです。

 

 

どれだけ大好きなステージショーで多くの人に喜ばれ生きても、真実は幸せじゃない。

 

 

不幸せなんだ。

 

 

心からそう思いました。

 

 

私は大師匠の言葉で決めたのです。

 

 

【ここを去ろう。】 と。

 

 

 

でも、そうは言っても、現実的にはレギュラーになった以上、簡単には辞めれない。

 

 

どうしようかと悩んでいる中でもステージ演奏は待ってはくれません。

 

 

 

 

 

そんな矢先に、私の背中を押す出来事がやってきます。

 

 

その日は夏祭り演奏が夜に入っていました。昼間はレギュラーみんなで外食へ。

 

 

お昼を食べ終えた頃、いつものように私はウォークマンで、その日のステージ演奏曲を集中して聴いていました。

 

 

私の与えられている今ある【責任】。

 

 

ひとまずやることはこなそう。

 

 

そんな気持ちで・・・。

 

 

 

その時です。

 

 

 

また、いつものありもしない私をはめようとする疑いがかけられます。

 

 

内容は本当にくだらないことでした。

 

 

身に覚えのないことを言われ、いつもなら弁明する私も、もう堪忍袋の尾が切れたように怒りました。

 

 

師匠、レギュラーみんなに対して『情けない…』そう言ったのです。

 

 

私の心はもう離れていました。

 

 

仲間なんかじゃない。

 

 

ずっと家族だと言われていたけど、これまでのことを振り返っても、この人たちはそんなんじゃない。

 

 

私は大きな声で言いました。

 

 

『もうこの場で私、辞めます!』

 

  

 

そこにいたみんなはビックリしていました。

 

 

そりゃそうです。私が初めて見せる怒り。

  

     

どんなことをされても怒りをあらわにすることはなかったのですから・・・。

 

 

悶々とした雰囲気の中、ひとまず全員で帰宅。

 

 

帰宅後、夜の夏祭りステージに向けての準備が着々と進められます。

 

 

が、私は心に決めていました。

 

 

【準備なんかするもんか!私はここを去るんだ】と微動だにせず、部屋にこもっていました。

 

 



 

 

母に電話を入れ、辞める決意を伝えました。

 

 

 母は『すぐに向かう』と言ってくれました。

 

 

全ての演奏準備が整い、出発する目前…。

 

 

私は師匠の部屋に向かいました。

 

 

そう、ハッキリとお別れを伝えに。

 

 

ノックをし、ドアを開けると、師匠が座っていました。

 

 

なぜか穏やかそうな表情。

 

 

私は『失礼します。』と部屋に入り、正座しました。

 

 

 

『私はここを辞めます。今までお世話になりました。』と床に手をつき、お辞儀をしました。

 

 

師匠は変わらず、穏やかな表情で、『そうか、わかった』とだけ言ってくれました。

 

 

私はそこを立ち去ります。

 

 

【終わったんだ・・・】

 

 

いつもは厳しい師匠がなぜ、公演を目前であったにも関わらず、穏やかに送り出してくれたのかは今、考えても真実はよくわかりません。

 

 

その日の夜の夏祭りは主催者から私のサックスをお願いされてもいたはずなのに・・・。

 

そのあとに控えていた演奏も出るつもりはなく、荷物をまとめ、迎えにきてくれた母と共にそこを去りました。

 

 

入団してから三年、がむしゃらに生きた音楽芸能の世界に幕を閉じました。

 

 

実家に向かう車の中で、母は私に理由を聞きませんでした。

 

 

ただ、言ってくれたのは『お腹空いてない?』。

 

 

空いていました。ずっと満足に食事をとることなんてなかった生活。

 

 

私は『空いてる。』と答えました。

 

 

帰り道に母と和食店に立ち寄り、カツ丼を夢中で食べたのを覚えています。

 

 

本当に本当に美味しくてこんなにお腹いっぱいにゆっくりご飯を食べたのは本当に久しぶりのことでした。

 

 

お腹が満たされると共になんだか心も満たされてゆく・・・。

 

 

忘れかけていた実家に到着、自分の部屋に入ると、至るところに風呂敷がかけてあり、綺麗に保たれていた私の部屋。

 

 

いつでも帰ってこれるようにしてくれていたのです。

 

 

嬉しかった。

 

 

その夜は何年ぶりだろう・・・

 

 

ベッドで大の字になって寝ました。

 

 

私のベッドだ。

 

 

ずっとソファーでしか寝てなかった日々。

 

 

戦場から帰ったかのように、疲れた心と身体の力が抜けました。

  

     

 あとから聞いた話ですが、その晩、妹が私の部屋まで様子を見に来てくれたそうです。

 

 

『お姉ちゃん、お花畑に包まれたみたいに寝てたで。なんか、別空間やった(笑)』と。

 

 

癒されてゆく私の身体・・・。

 

 

【帰ってきたんだ。】

 

 

喜びも悔しさも悲しみも全部一生分生きたと言える怒濤の日々はこうして終わったのです。

     

🌺挫折から得た3つのこと

 

 

①小さなこと、些細なことに幸せを感じれるようになったこと

 

 

音楽芸能界に入るまでは普通の家庭で育ち、のんびり自由に生きていたと思います。

 

 

したいことをして、行きたいところに行って、食べものをたべて‥‥

 

 

厳しい音楽芸能生活ではその全てができなかったので、退団して、家に戻り、普通の生活をするようになってから、

 

 

私は一つ一つが満たされていることに気づいたのです。

 

 

例えば、自分の部屋があって、ベッドで寝れること。

 

 

食べたい時に食べたいものを食べること。

 

 

お風呂にいつだって入れること。

 

 

全部【自由】な環境で生きていることを知りました。

 

 

ちょっとした一つ一つが恵まれていて、幸せだなぁと人一倍、感じれるようになったと思います。

 

 

どんな【選択】だってできる。

 

 

自分で選んでいけることに喜びを感じます。

 

 

 

 

 

②打たれ強くなったこと

 

 

退団してから、また新たな人生を生きていますが、人生というものは山あり谷ありやってきます。

 

 

嬉しいこと楽しいことの他に悲しいこと、辛いことだってもちろんやってきますが、どん底を経験したことを思い出すと、【あの時に比べたら、大丈夫!】【どん底を味わってきた私なんだからこんなの乗り越えれる!】そんな風に思えるようになりました。

 

 

経験が私を強くしてくれたのです。

 

 

経験は財産ですね(笑)

 

 

 

 

 

③【笑顔で生きよう】と心で決めることができたこと

 

 

3つの中で一番大きいものです。

 

 

一度は自分の心を失い、どん底だった時、私は生きる選択しました。

 

 

どんなに辛く悲しいことがあっても、究極の選択をしたら【生きる】なのです。

 

 

それを私は知っています。

 

 

それなら山あり谷ありの人生を【笑顔で生きよう】

 

 

一日一日、できるだけ【笑顔】を感じていこう!

 

 

感じれる人でいよう。

 

 

そう思いながら生きることができるようになりました!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

壮絶な音楽芸能界の世界を体験してから、時は流れました。

 

 

正直に言うと、公開することに勇気がいりました。

 

 

オーラアーティストとして活動している今、過去の私の話をしても‥‥

 

 

何よりもあまりよい記憶でもなく、聞いた人に衝撃を与えてしまうのでは?とも思いました💦

 

 

でも、こうしてオープンにした理由は【知ってほしいなぁ】と思ったからです。

 

 

日頃、感じていることをエッセーにしたり、人のオーラを描かせて頂いている私は【あの挫折があったから】今、多くを感じ、生み出せているようにも思えます。

 

 

そして、今、何かのチャレンジをしようという方に伝えたい‥‥。

 

 

恐れないでやってごらん。

 

 

飛び込んでごらん。

 

 

夢を生きてみて。

 

 

その先に何があるかわからないけど、全部あなたに起きる体験、経験は必ず意味があって、無駄なことは一つもないから♡と。

 

 

そのことを私は様々な手段で、人生をかけて伝えていく人であろうと思います🌈

 

 

この記事を読んでくれて本当にありがとうございました🌷

 

 

愛をこめて・・・

 

           


Aura Artist YucoN

両耳進行性難聴という病気をきっかけに人のオーラを読み取ることができるようになる。

音楽芸能の世界に入り、一生分の喜びを感じるも、それ以上の悲しみを味わい挫折。

今では 一人ひとりが夢や目標へ一歩一歩、踏み出す力になるように願いを込めて、心の内面をテーマにアート作品を制作しています。



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コメント: 2
  • #1

    tatu (火曜日, 08 10月 2019 19:33)

    笑顔が素敵です。
    応援してます。がんばってください。

  • #2

    Aura Artist YucoN (水曜日, 09 10月 2019 09:12)

    tatuさんへ

    コメントありがとうございます(*^^*)笑顔が素敵と言って下さって嬉しいです。笑顔が幸せを呼ぶと信じ、これからも大切にしながら、活躍させて頂こうと思います✾tatuさんの人生も愛満ち溢れることを祈っています‥‥